新年あけましておめでとうございます。 今年の干支は乙酉(きのととり)。去年の甲申(きのえさる)は何か新しい兆しが僅かに稲妻のように兆した年だったが、今年もその兆しは伸びる。ただ外圧がまだ強く、ともすれば真っ直ぐに伸びられない、という形が「乙」である。また「酉」というのは元々酒を醸成するカメのこと。慎重に、新しい芽が育つようにじっくり構えよう、ということだろう。 問題は、新しい芽とは何か、ということだが、私としてはたぶんそれは「縁起」だろうと思っている。『リーラ』という小説がそれをテーマにしていたわけだが、因果律を超えた世界のうねりをなんとか捉えたい、という欲求は、その後もずっと育っている。因果律以外を重視する方向は、今の世の中ではきっと外圧に遇うだろうとも思う。 それならどうすればいいのか、ということだが、焦りは禁物。酉というカメのなかでじっくり酒を醸成するように、私もいろんな方面から「縁起」にアプローチしてみたい。 どういうわけか、今の私に浮かんでくるのは植物、そして『易経』である。 ユングは「易は常に現在以上のものを見せてくれる」と言ったが、因果という思考法を獲得する以前の植物にも、「縁起」をひもとくヒントがあるような気がする。植物、というのは、つまり植物の感受性のことだ。五感以前の、なにか根源的知覚が植物にはあり、それが動物、人間と進化するに従って退化したのではないか。 なんだかまた胡散臭いことを考えている。 胡散臭い、愉しい年になりそうである。2005年 元旦