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2人のアーティスト

 3月の大震災以後、じつにさまざまな見知らぬ人々からご連絡を受けた。私自身の胸の内に留めてしまってはまずかろうと思い、ご紹介が叶ったケースもあったが、どうにも忙しく、何もできない人々もいた。ここでは今とても気になっている2人のアーティストをご紹介したいと思う。
 お一方は石彫の作家で冨長敦也さんという。被災地に行ってその場でお地蔵さんを彫りたいのだと人づてに聞き、送られてきた作品の写真を見て、感じ入った。拝む対象というのは、大抵の作家意識は邪魔になるものだが、この人はそんな妙なものは作らないだろう。即座にそう思った。そして石巻の大川小学校にともかく行ってみてほしいと思い、一関の常堅寺さんにご紹介したのである。常堅寺さんのご実家は石巻にあり、津波でほとんど流されてしまった。しかしお父上のお世話になり、そこに石彫の道具を持参してともかく逗留することになったのである。彼がその場でなにを感じ、どのようなモノが出来上がるのか、それはこの上なく現実的になった今年のお盆の、一つの愉しみになった。私がお邪魔したときも、瓦礫の積み上げられた校庭の片隅に、どこから運ばれたのか木彫の御大師様が置かれていた。むろん、組まれた祭壇にはすでに何体かのお地蔵さまも祀られていた。しかしそれでも行方不明の子どもの親たちの思いには区切りがついておらず、6月にはとうとう重機の免許を取った母親が、自ら重機を運転して地面を掘りだしたのである。
 冨長さんがそこへ行くことで、少しでも何かが変化してくれることを祈るばかりである。
 もうお一方は、今回の震災で傷ついた仏像たちを案ずる方なのだが、これはちょっと説明が必要だろう。
 お名前はヤマシタリョウさんという。現代美術家でもあり、眼鏡作家でもある。
 おそらくこう申し上げても、仏像といったいどう関係するのかと、訝しく感じる方も多いことだろう。そこは私も驚いたのだが、じつはヤマシタリョウ氏、傷ついた仏像たちに眼鏡をかけることで、この震災後の新たな出発に繋げたいようなのである。
 これは私の感じたことだが、これだけ多くの人々が被災し、亡くなり、それを仏像たちも傍観するしかなかった。少なくとも、そう言われても仕方のない状況のなかで、じつは仏像たちもつらいのである。何事もなかったようにそのまま元の場所に収まるのは、心苦しいのである。実際、津波に浚われて流失したり、壊れてしまった仏像も数多くある。当の仏像にとっても、祀る人々にとっても、修理はむろん必要だが、それだけでは再出発する力が得られないのではないか。たぶんヤマシタリョウ氏は、そう考えたのだと思う。
 眼鏡という道具の歴史は、すでに四百年以上に及ぶ。江戸前期の貝原益軒は、眼鏡はかけるべきだと言い、材質のことまで細かく『養生訓』(1712年刊行)で書いているから、18世紀初頭には相当普及していたのだろう。しかし仏像は間違いなくもっと古いものばかりだし、だいたい仏像の概念そのものが、眼鏡のない時代にすでに出来上がっている。当然のことだが、仏像の持物(じぶつ)には、眼鏡など考えられない。
 しかしヤマシタリョウ氏は、この機会に、仏像たちの再出発とも言うべきこの大きな転換点に、新たな持物として眼鏡を承認してはどうかと考えたのである。
 言葉でいくら説明してもなかなか伝わらないのではないかと思う。この写真をご覧いただきたい。
 これは千葉県久留里市にある円如寺山門の二体の金剛力士像に実際にかけられ、2009年開催の久留里現代アート展に出品された作品である(2011年5月、東京のギャラリーspaceSにて再展示)。
 むろんヤマシタ氏の場合も、冨長敦也氏と同じく、これまでの自分の作品を、この機に広めようというのではない。全く新たなこの震災後の場面に自分を投げ込み、そこで何が生まれるのか、試してみたいのだと思う。それはおそらく作家としての、因業でしかも抜きがたい欲求なのだろう。私自身、それは実感としてよく分かる。
 彼らはむろん手弁当でお邪魔し、依頼主に経済的な負担をかけるつもりはない。純粋に、せずにはいられないのである。

 たまたま私のところに連絡のあった作家たちだが、残念ながらうちのお寺は彼らの創作の場にはならないだろう。しかし間違いのない技術と思想を感じるお二人を、なんとか多くの人々にご紹介したいのである。
 ちょうど今、二人とも展示会をされていて、作品を直にご覧いただくことができる。

冨長敦也氏は神戸のギャラリー島田(7/9~7/20)
http://www.gallery-shimada.com/schedule/exhibition/tominaga_1107.html#exhibition

パンフレット(PDFファイル)
http://www.genyu-sokyu.com/g-shimada.pdf
 
■7/23~7/31 福岡にて展覧会(東日本大震災支援プロジェクト)
「ヤマシタリョウのコンテンポラリー阿鏡と吽鏡展」
アトリエ穂音 http://atelier-horn.com

■「ヤマシタリョウ 夏の眼鏡展」
optical shop4-AD http://www.4-ad.jp

 被災各地では、今もさまざまな試練に向き合っている。石仏や仏像どころではない、という思いもあるかもしれない。しかし、こうしたシンボリックな活動によって、日常が大きく動きだすこともあるのではないだろうか。「大切なのは垣根を越えること」。そう言ったのは、山下眼鏡工房の井上さんである。


画像提供:財団法人 浄土宗報恩明照会