とうとう『阿修羅』が校了になった。今頃は印刷所のお兄ちゃんたちが眼を皿のようにして仕事してくださっているだろう。今回、解離性同一性障害を扱ったこの小説に『阿修羅』というタイトルをつけるに当たっては、興福寺の多川俊映貫首さまにお便りを出した。「阿修羅」は仏教徒には普通名詞だが、好評な阿修羅展のすぐあとだから、人はどうしてもあの阿修羅を想うだろうし、じつは私もあの阿修羅を想定して書いたからである。すでにある阿修羅のイメージに、解離という不穏なイメージが付け加わることを詫び、私自身あの阿修羅が昔から好きだったことを告げて諒承を願うつもりだった。場合によっては、事前に原稿を読んでいただくことも可能だと、謹んで申し上げたのである。するとまもなく貫首さまご自身の手になる返書が届き、そこには「同じ仏教徒なのですし、信用するしかありませんなぁ」という、じつに鷹揚で太っ腹なお言葉が書かれていたのである。私のなかでこのタイトルは、阿修羅展を知るずっと以前から固まっていた。もうそれ以外のタイトルは考えられないほど煮詰まっていたから、これは本当にありがたいお言葉だった。しかし今、咲きだした庭の彼岸花を見ながら久しぶりに貫首さまの手紙を再読にしていてふと、これはなんと怖ろしい言葉かと思ったのである。『阿修羅』が貫首さまの眼にも堪える作品になっていることを、ひたすら念ずるのみ。印刷所のお兄ちゃんにもふんばってほしいが、これはもうそういう問題ではないのである。
2009年9月18日
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