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岸辺の旅

 不思議な小説を読んだ。それはそれは美しい、音楽的なまでの文章なのだが、描かれた世界にこのまま入り込んでいいのか立ち止まるべきなのか、一瞬だけ躊躇った。しかし躊躇っても無駄で、著者の筆先と共に先に進みたいという欲求がどうしてもまさる。生えてくるヒゲ根を見つめるように、触手の伸びる先の光を求めるように、ついつい最後まで辿り着いてしまう。ラストは荒涼とした景色なのだが、そこに漂う気分は、まだうまく言葉にできない。しかし間違いなく、そこは現世だ。いや、描かれた世界のすべては現世のことなのだが、……こんなことが描かれていいのだろうか。
『夏の庭』に始まった湯本香樹実さんの旅は、今回の『岸辺の旅』でとうとう禁断の領域に静かに踏み込んでいく。怖れもなく、リズミカルでさえあるその足取りをじっと見つめながら、思いには現世も来世もないことに気づく。分厚い時間の只中に誰もがいるのだと。文藝春秋からの新刊『岸辺の旅』、ご一読をお勧めします。

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