日: 2011年5月11日

続・第4回復興構想会議

 少しだけ時間ができたので、昨日のご報告の不足分を書いておこう。
 まずは復興構想7原則。6月末になされる「第一次提言」に先立ち、以下のような原則を共有し、今後各界各層のご意見を仰ごうということだ。

原則1:
失われたおびただしい「いのち」への追悼と鎮魂こそ、私たち生き残った者にとって復興の起点である。この観点から、鎮魂の森やモニュメントを含め、大震災の記録を永遠に残し、広く学術関係者により科学的に分析し、その教訓を次世代に伝承し、国内外に発信する。

原則2:
被災地の広域性・多様性を踏まえつつ、地域・コミュニティ主体の復興を基本とする。国は、復興の全体方針と制度設計によってそれを支える。

原則3:
被災した東北の再生のため、潜在力を活かし、技術革新を伴う復旧・復興を目指す。この地に、来たるべき時代をリードする経済社会の可能性を追求する。

原則4:
地域社会の強い絆を守りつつ、災害に強い安全・安心のまち、自然エネルギー活用型地域の建設を進める。

原則5:
被災地域の復興なくして日本経済の再生はない。日本経済の再生なくして被災地域の真の復興はない。この認識に立ち、大震災からの復興と日本再生の同時進行を目指す。

原則6:
原発事故の早期収束を求めつつ、原発被災地への支援と復興にはより一層のきめ細やかな配慮をつくす。

原則7:
今を生きる私たち全てがこの大災害を自らのことと受け止め、国民全体の連帯と分かち合いによって復興を推進するものとする。

 この7番が曲者にも見えるが、必ずしも税を意味するものではないという。むろんさまざまなご寄付やボランティアに支えられる部分は多いだろう。しかし私としては、税の話と誤解される危惧から、この表現は削除してほしかったのだが、「やはり入れておくべきだ」という意見もあり、多少の表記修正だけで残ってしまった。
 今朝の新聞を見ると、議長発言として「財源論は排除できない。検討部会にも大いに頑張ってもらい、最終的には(構想)会議で決める」(読売新聞)と表明されている。どうもこの点については、議論以前の議長発言が目立つ。財源をどうするのか、構想会議で決めるべきなのかどうかは、正式にはなにも決議されていないのである。
 ほかに緊急の提言として挙げられたのは、迅速な復興のための土地の権利調整の在り方、幼稚園や保育所、障碍のある人々の施設への超法規的援助について。これは義援金からの先行支出も検討されるべき、との意見も出たが、いずれにせよ検討部会で詳細を検討して実施することになるだろう。
 私自身の復興案の基本は、東北ならではの信仰やコミュニティの在り方をいかに保持して再生するか、という視点である。自然への畏敬を保ち、共通の畏れのもとで恵みに感謝する生き方は、行き過ぎた集約化やシステム化とは共存しにくい。その点の配慮をいかにするかが今後の大きな問題だろう。
 安藤忠雄氏の「鎮魂の森」構想に加え、立地上それが難しい場所にあっては「鎮魂の丘」があってもいい。そこは慰霊と祭の場でもあり、またいざという時の避難場所にもなる。荒ぶる自然は戦う相手ではなく、畏れ、宥め、いざとなれば逃げるしかない相手である。退路を確実に確保し、命だけは助かる、という基本線で構えるしかないのだと思う。
 むろん現代の技術を尽くす必要はあるだろうが、大切なのは、これなら安心と、慢心しないことだ。自然への「畏れ」とは「怯え」を保つこと。欲望化した技術に心を絡め取られないことが必要である。
 それから私は、「福島県放射能汚染除去対策事業」(案)を提出した。これは全くのたたき台ではあるが、原発の放射能放出が封じ込められた時点ですぐにかからなければならない。その組織陣容や予算、事業内容などについては更に検討を加え、是非とも実現させてほしい。私案では、対策事務所は福島県農業総合センター内に置き、出先対策室を相双新興局/農林事務所に置く。東北農政局の技術者を筆頭にした30人体制だが、立地4町のほかに浪江町、川内村、葛尾村、飯舘村などからも一人ずつ加わってほしい。放射線の専門家や法律家なども必要だと思うが、いずれ県などの専門家の意見も容れ、もっと充実した組織を組み上げてほしいと思う。